夏の本 Sommarboken
トーベ・ヤンソンは8月の作家。(と、私は勝手に呼んでいます。)
ムーミン・シリーズの多くは8月が舞台ですし、『少女ソフィアの夏』の最終章には、こんな一節があります。
おばあさんは、この、毎年の八月の大変化が好きだった。
一つ一つのものにきっちり所定の場所があって、
置きかえなぞ決してできないという変わらない大変化であるところがいちばん気に入っているのかもしれない。
それは、人間が痕跡を消して行く時期であり、島はできるかぎりもとの姿を取りもどす時期だった。
ヘルシンキの8月。
最低気温が11度まで下がり、日没後でも真っ暗になることはなかった夜も姿を変えていきます。
そういった「置き換えなど決してできない、8月の普遍的な大変化」。
気づかないうちに、日ごとに夜が暗くなっていて、あたたかくて黒い偉大な静寂が家をつつみこむ。
夏が続いているのに、夏は静止して、秋はやってくる用意もできていない。
星のない闇。
そして、すぐにではないが、だんだんと、ついでのおりに、いろんなものが場所を変えていく・・・
灯油缶が地下から運ばれ、ランプがドアのわきにかけられる。テントをしまいこみ、ボートをひきあげる。
庭の道具類は集められて、パラソルや短い夏専用の愛すべきものたちは、置き場所が変わる。
それは、人間が痕跡を消していく時期で、島はもとの姿をとり戻す。
まだ咲いている花は赤か黄色で、森でははっとするほど白いバラが、一日だけ咲き誇る・・・
変化の明滅する八月
『少女ソフィアの夏』最終章の「八月に」では、夏がゆっくりと終わりに向かい、島を離れるための支度のようすが描かれます。
そこでは、おばあさんの生命もまた、波に洗われるように溶け込んでいきます。
「月あかり」「凪」「猫」「テント」「おとなりさん」「八月に」などのタイトルがつけられ、ムダのない簡潔な言葉で語られる22の物語。短編でもあり、1枚の絵画のよう。
もともと児童書ではなく大人に向けて書かれた小説なので、トーベは挿し絵は入れないとしていたのですが、ドイツの出版社からの求めに応じて、17点の挿し絵を描いています。
日本版は挿し絵が入っていて(英語版のペーパーバックには入っていない)、17点のうち8点はページ大の大きさなので、イラストも見ごたえあります。
『少女ソフィアの夏』の登場人物のモデルは、おばあさんはトーベの母親のハムで、パパは弟のラルス、ソフィアはトーベの姪っ子のソフィア。
70年に最愛の母ハムを失ったトーベは、ハムが在りし日の夏の出来事や経験を、人間の生のひとこまを、自然の生のひとこまと一体にして、この本に再現しています。
ぜひ、夏に読みたい、
「夏の本・Sommarboken」
だけど、単に「なごみ」や「癒し」を求めてページをめくると、おばあさんとソフィアから、カウンターパンチをもらうかもしれない。
おばあさんは言います、「やるべきことがはっきりしているうちに片付けるのがいちばん」。
ダンシャリなんて遥かにこえて、島では人の気配さえ消えていきます。
夏の最後に打ち上がった花火のような名作、『少女ソフィアの夏』(原題:Sommarboken - 夏の本)は、「わたしの書いたもののなかで、もっとも美しい作品」と、トーベ・ヤンソンは語っています。
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