イエルク・ミュラーの最初の絵本「変わりゆく風景」

1976年の「暮しの手帖」で紹介されていた、イエルク・ミュラーの最初の絵本「変わりゆく風景」。

絵本といっても、タテ32㎝、ヨコ85㎝の大きな横長の7枚の絵が、大型の箱に三つ折りで入っています。

「変わりゆく風景 ― 毎年圧搾ハンマーがくりかえし打ちおろされる」は、20年間にわたって変わっていった風景を、作者がおよそ3年おきに描いたもの。

(この記事では、絵の一部を拡大して紹介しています。)

どの風景にも一匹の白いねこ

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1953年5月の昼下がり

この絵本は、どの風景にもかならず一匹の白い猫が登場します。

画面のまん中のあぜ道を歩いています。(小さくて分かりにくいけど)

野に花が咲き、鳥が飛び、子どもたちは飛行機をとばしたり、魚とりをして遊んでいます。左端でスケッチをするのは作者でしょうか。

★画面はクリックで大きくなります 


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1956年の夏の夕暮れ

野原一面に穀物が実っています。橋は取りはらわれて舗装されて、小川はみぞになり、大きなトラクターが、干し草を運んでいます。
白いねこは右下の畑にいます。


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1959年11月 晩秋

木々は紅葉して、手前の畑ではとり入れです。全画面で見ると、左の林は伐採されてしまった。 


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1963年1月の土曜日

いちめんの雪景色。子どもたちは、雪だるまやソリ、アイスホッケーで遊んでいます。全画面では、左手にはコンビナート。


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1966年4月

家の前の道は広くなり、隣には工場が建ちました。線路の向こうには、大型ビルと分譲住宅。ねこは、わずかに残った畑の土にいます。


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1969年7月

とうとうこの小さい家が取り壊されることになりました。丘の向こうからハイウェイの建設がはじまったからです。

周りも昔の面影はもうどこにもなく、家の象徴のようだった木も切られてしまい、胸のつまるような風景。ねこは木に座っています。


小さな家を中心にして、まわりの環境が開発で変わっていく物語として、絵本好きな方は、バージニア・リー・バートンの『The Little House』(ちいさいおうち)を思い浮かべるでしょう。

1943年、カルデコット賞に輝いた不朽の名作です。

しかし、ここには『ちいさいおうち』のような救いはありません。




当時の『暮しの手帖』で紹介されていた文章です。

暮しの手帖1976年・45号より

これは、どこか田舎に建っている、小さな家の物語です。その家は、地下1階地上3階の、ごくありふれた家です。家は目立つように、ピンク色に塗ってあります。

この絵本は、これから順々に、だいたい3年おきぐらいに、同じ場所が出てきます。

・・・作者はたぶんこの20年間に、人間がそこで働いて、愛して、生きてきた一つの風景が、どんなふうに変わっていったか、どんなふうに変らされていったかを、いいたかったのでしょう。

これは、じっさいのヨーロッパのどこかの風景ですが、日本でも、もしこの作者のような眼をもって見たら、どこにでも見られる風景ではないでしょうか。

この絵を描いたのは、スイス人の画家で、ヨルグ・ミューラーさんです。この人は、いまフランスに住んでいます。

もう環境保護とか、自然破壊とかいった言葉は、耳にタコができるほど聞かされています。

・・・しかし、この絵本は、そういう人たちにも、また別の意味の新しい興味と、そして、胸のうちにわき上がってくる自然へのいとおしみと、それを無惨にうちくだいていく大きな力に対して、深い悲しみをおぼえるにちがいありません。
 
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もう一度ここへ戻りたいと、誰もが思う光景。

《イエルク・ミュラー》

1942年10月、スイスのローザンヌ生まれ。チューリッヒとビールの工芸学校で商業美術を学んだ。はじめ広告代理店で働いていたが、現在は独立。

子どもの本の分野では、最初の作品である「毎年圧搾ハンマーがくりかえし打ちおろされる―変わりゆく風景」でドイツ児童図書賞を1974年に受賞。

それ以来つぎつぎと、機械文明による自然と人間性の破壊に対する批判をこめた作品を発表して、高い評価をえている。現在はフランスのブルゴーニュに農家を買って住んでいる。
 

The Changing Countryside

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