8月の日曜日、獅子座の星のもと
トーベ・ヤンソンは、1914年の8月9日にヘルシンキで誕生。
トーベの幼少期は、第一次大戦のさなかでしたが、「8月の日曜日に獅子座の星に生まれたこと」は、その後の作品のなかに、様々な形で散りばめられていきます。
父ヴィクトルと、母シグネの結婚式が8月17日だったことも関連しているかもしれない。
「ボート」と同様に、「8月」はトーベ・ヤンソンにとって、特別な存在になっているのは間違いないでしょう。
ムーミン谷の8月
ムーミン・シリーズでは、物語の舞台の多くは8月です。
第1作目となった『小さなトロールと大きな洪水』は、こんな書き出しで始ります。
「八月もおわりの、そう、夕方にちかいころだったでしょうか。ムーミントロールとそのママは、大きな森のいちばん深いところにやってきました。」
まだ誰にも知られていない頃のムーミンは、やせていて、鼻が長く、口が描かれていることもありました。
第2作目の『ムーミン谷の彗星』も8月が舞台となります。
彗星が地球にぶつかるのは、8月7日金曜日の午後8時42分。(彗星のしっぽが地球をかすめていっただけで済みましたが。)
夏場のフィンランドでは、8月の日の入りは夜10時ごろで、彗星がぶつかる時間でもまだ明るい。ただ、ヘルシンキでの8月の平均気温は、最高気温21度、最低気温11度で、日本の残暑とは程遠い涼しさです。
第3作目となる『たのしいムーミン一家』
物語の出だしは冬で始まり、6月から8月の末にかけての北欧の夏が舞台。
8月のはじめの、ある朝はやく、トフスランとビフスランが巨大なルビーの入ったスーツケースを持ってムーミン屋敷にやってくる。それを追ってモランも登場します。
トーベは、8月の物悲しい季節の変化を描きます。
「もう八月も末でした。夜になると、フクロウが啼き、コウモリが音もなく庭の上を飛びまわるときです。森はツチボタルで埋めつくされ、海は気むずかしくなります。空には何か期待と悲しい気配がただよい、黄色い大きなお月さまがのぼります。ムーミントロールは、この夏の終わりの頃が、いつも一番好きでした。そのわけは、分かりませんでしたけど。」
たいへん美しい描写です。
風も、海も、ひびきを変える。8月の月は、濃いオレンジ色で信じられないほど大きく、打ち上げ花火が夜空にはじけて、ムーミン谷では8月の大パーティーが開かれます。
第4作目『ムーミンパパの思い出』
8月の夕方に、買い物用の紙ぶくろに入って捨てられていたというのが、ムーミンパパの子供時代でした。
ムーミンパパの誕生日も8月の獅子座で、「ライオンと太陽の名誉ある印の下で生まれ、わたしの星のさだめるコースにしたがって、太陽の軌道をたどるように運命づけられている。」と書かれていて、
「自由と自尊心を胸にひめて」施設を脱走したムーミンパパの行動には、むしろトーベ自身が投影されています。それは15歳で学校を自ら退学して、画家になろうと決意した若いトーベの姿でもあります。
ムーミンパパが自伝を書いている場所も、「庭の黒ビロードのような闇に、ホタルが神秘的なもようを刺しゅうしていく」8月の庭なのです。
圧巻の『ムーミンパパ海へ行く』
そして、8作目の『ムーミンパパ海へ行く』は、彫刻家であったトーベの父ヴィクトルへ、『少女ソフィアの夏』(1972) は大好きな母シグネへの、追憶・オマージュ的な作品になっています。
物語は、8月末のある日の午後、ムーミンパパが所在なげに、庭を歩きまわる場面から始ります。
たいていのことは、すでにやり尽くされてしまって、一家の主として存在感を示せることが見つからないムーミンパパ。思いついて、一家は小さな島に移住します。
8月の末から10月にかけて、登場するのは、灯台、窓の外の海、ローズマリー、ヒースの茂み、波、カンテラの灯り、断崖、砂浜、ボート・・・
前作、「ムーミン谷の仲間たち」からストーリーもイラストも作風が変わり、海に囲まれた孤島での家族もようは、映画のシナリオのような面白さもあります。
北欧の自然をふんだんに背景にして、実写版のフィルムのように次々と目前にあらわれる光景。トーベが子供時代から経験してきた自然そのものでしょう。
夏の読書におすすめしたい、シリーズの中でも読みごたえのある一冊です。
トーベ・ヤンソンと8月
「トーベ・ヤンソンと8月」というカテゴリーを作れるほど、ムーミン・シリーズ以外の小説でも、8月は重要な場面に登場します。
『少女ソフィアの夏』の最終章は、8月だからこその名作でしょう。
また、1947年の夏に、トーベはブレッドシャール島に小屋を建てながらテント暮しをしましたが、テントからの光景について書いたとても美しい8月の手紙もあります。
☆ムーミン・シリーズは、単行本サイズの大きな文字とイラストがお進め